ToBe L.

 社会人になる前に立ち上げたこのブログで、さゆ猫が「暴力(的)」に拘っていたことは間違っていなかった。我ながら先見の明だと思う。実のところを言えば、熟考と逡巡を神聖視していた自分にとっては、その対極に位置する即決即断と行動を「暴力」と表現することで(「暴力的」と形容することで)、社会とそこで働くダイナミズムを貶していた向きがあった。だから、自ら決意して「暴力的」になるということには、精神世界、文学との決別と、社会人へ変態する自分への自虐の含みがあった。

 メール、電話、打ち合わせ、社会人はどんな場であれ暴力的だ。少なからず事を進めようとする意志があるならば、人は集団のなかで暴力的にならなければならない。仕事ができない人間は、人に愛されようとしている臆病者であり、たいていの場合そういった人と友達になりたいとは思うが、一緒に働きたいとは思わない。現場ではヒントではなく、より具体的なリアクション、アウトプットが欲しいからだ。また、暴力的であれば暴力的であるほどに、人の上に立つことに適している。いつだってリーダーに求められているのは、共感ではなく決断である。必然、ときに後ろ指をさされる。皆に「愛される」リーダーが率いるチームは、肝心なところで弱い。皆で躊躇して、沈んでいく。

 なぜこんな話をしているかと言えば、来月で自チームの実質的リーダー(さゆ猫はずっとエースと呼んでいた)が離任することになったからだ。無論、彼は誰よりも暴力的で、それでいて的確であった。がむしゃらなパンチしか放ることのできない、そしてときには愛されようとしてしまう自分が目指してきた到達点であり、そこまでの距離を測れる位置にも未だ達していないと思える、偉大な存在である。正直に言ってしまえば、彼に依存しきってきた今のチームの弱体化は避けられない。先方に振り回されて、配下のチームまで丸ごと疲弊する未来が見えてしまう。

 もっと色々なことを教わりたかった。パンチの仕方だけじゃなくて、受け方、受け流し方。普段から注意して観察している方ではあるけれど、いざいなくなると思うと、何も学べていないようにも感じる(気づかぬうちに、観察のための繊細な精神まで失ってしまったか)。

 バトンが回ってくる。船頭のバトンだ。多くを救うために1人を殺せるか。大学時代に慣れ親しんだ御伽噺は、今では眼前に、リアルに広がっている。――招集がかかってこの春から今のチームにいる意味を知っている。何なら、地元で会社の面接を受けたときに今のロールを選んだときから知っていたことだった。汎用機がどう、最新技術がどうではない。潰しが効かないって?初めからそういう次元でSEをやっている訳ではない。人が成す集団があって、向かうべき方向がある。必ず必要とされる役回りがある。それを請け負うために、誰よりも速く、誰よりも鋭く、誰よりも強くありたいのだ。

正答をめぐる冒険

 早いもので今年も残り一か月半。さほど寒く感じない気候のせいか、23時半からなどという狂気染みた勤務シフトのせいか、自分が一体どの季節に生きているのかよく分かっていない。浦安市の空に毎日打ちあがる花火を連想する。あの演目は日替わりなんだろうか。

 自分が成長できているのか心配になる。「入社3年はプライベート無しの覚悟で」などと去年は息巻いていたが、その点は特に構えなくても大丈夫だった。なぜといってプライベートというのは、趣味やら約束やらのある人間の使う言葉だからだ。しかし煙草を吸っている時間がそれに該当するなら、、、言葉遊びが過ぎる。

 現場の業務のことは未だによく分かっていない部分も多いが、そこから先は知らなくても大丈夫と切り分けたり、それに取り組めばすぐ理解できるだろう、と余裕に構えたりしている。慣れ。この人と真面目に会話を始めたら身がもたないから適当に返事しようとか、正直に全貌を伝えてしまったら後々大変なことになるから何とか少ない情報で丸め込もう、などという処世術も身に付きつつある。

 ただ、肝心なSEとしての技術に関して言えば、あまり芳しくない。自分の手癖が本当に効率的なのか、毎日疑わしく思っている。ツールのコーディング一つにしても、自分の知らないどこかに綺麗な正答が隠れている気がして、どことなく恥ずかしい気持ちになる(VBAツールにはコードを見られないように鍵をかける)。なんとか向上心に無気力を追い越させる必要がある。一番の方法は憧れの人物に近づこうとすることだとよく言うが、尊敬する人の一人は周囲に「天才」「魔法使い」と呼ばれ、もう一人は「変態」と呼ばれている。さて俺は魔法使いになりたいので、正答を探しに行かなければならない。

なんとかシルバー

ナメてました。今日受験してきた例の試験の話。

問題集解き始めて1時間半ぐらい経過したところで「無理かも...」と突然悲壮感が溢れたものです。ですが、「黒本と同じ問題が出るよ」という同期の言葉を信じて報われました。本当にありがとう......。だって、落ちてたら2万5,000円自腹きってまた受けに行くんですよ?そんな馬鹿な。

すっかりチキンレース野郎になってしまったさゆ猫ですが、今回ので少し火が付きました。どこに引火させてやろうか......じゃなくて、もうちょっとちゃんとします。ちゃんとするぞ。コツコツ勉強しなきゃ駄目ですよ人間。鷲のマークの大正製薬ドリンクを夜中に買いに行ってシメシメと思っているようじゃ駄目なんです。(そして飲んでいないという果てしないしょうもなさ)。

というわけで、

 

待ってろよ!なんとかゴールド!

「少しだけ」

浦安に引っ越してきたよ!(遅延)

浦安って知名度結構あると思ってたけど、こっちの人と会話すると結構な割合で「え~と、埼玉県?」みたいなリアクションをされる(浦和市はもう無いというのに)。ディズニーランドがあるところですねなんて言うと「いいね!歩いて行けるじゃん!」。よくもないし歩いても行けません。ディズニーランドの話題になるのが嫌なので最近は千葉県に住んでいると暈す。

 

そんなこんなで越してきてから半年以上経ってしまった。社会人になってからも半年以上。

同期、配属される筈だった現場の先輩方、配属先の同じ会社の先輩方、親会社の先輩方、元いたチームの人たち(他社)、今いるチームの人たち(他社)...。まさかこんなに陰気くさい仕事を始めてこんなに多くの人たちと知り合いになるなんて。顔は思い出せるが名前がでてこない同期が沢山いて、どこかでばったり会ったりしませんようにと願っている。しかしまぁ、連帯は重要です。人と慣れ合うことがさゆ猫さんの健康法。

 

2017年も終わりそうだけど、来月からが勝負。さゆ猫は生きて年を越せるのか。12月までに2言語ぐらいスラスラマンになるはずが体力・気力ともに衰え、平日家では勉強ができません。......ん~、平日勉強できないとか言っていると、長時間労働のストレスで死んでしまった札幌の看護師さんのことを毎度思い出す。彼女は残業して帰ってきた後、深夜遅くまで勉強して、たしか3時間にも満たない睡眠時間でまた職場に向かっていたそうな。それで自分を鼓舞しようなんて素っ頓狂な考えは無いけれど、ただ彼女を動かしていたものは何だったのか気になるばかり。

しかし、おそらく現場のゆとり同期には、さゆ猫が彼女に向けているような目で見られている。クソ真面目に仕事をしている・アルコールはそんなに摂らない・ギャンブルはしない・女性に興味が無くなってしまった......。「終わっている」。彼が特に親しい訳でもないさゆ猫に下した評価。たしかにさゆ猫は大学生のときから随分と終わってきたけどそれも現在完了、最近始まってきたなと実感しているというのに。ちなみに彼は先輩方から同じ言葉で仕事の評価を受けている。世の中正しくできているものだ。

 

もっと強くならなければ。最近はそのことで頭がいっぱいです。何故といって、ちやほやされて自分が満足するため。俺は猫ではなく人なのだなぁ。そして本当の意味で社会人になってしまった。大学生の頃の自分には蔑まれるでしょう。時折のこと、「野心はある?」などと先輩に訊かれると、恥ずかしそうにしながら答えるのです。

170314

引っ越し準備その①、本の箱詰め。

 

残りの人生、本との付き合い方次第だ。

働き始めても本読めるかな?ということを就活中からずっと考えている。地方公務員の志望動機の一つ、家で本が読めそう。

自由であることの証明、不自由への抵抗としての読書……一般ピープルに許されたただ一つの方法だと思うんだけどなぁ。読書不要論を唱える大学生の投書が朝日か何かに載っていた。

 

ある系統の本以外は、これも読まない、これも読まない、と思いながら一冊ずつ詰めていく。結局持っていくことにした本棚の大事なスペース埋め要員たち。なぜか呼び出されて困惑する青チャート君。

 

少なくとも意識の上で、センターに仕事を据えたくは無い。

その位置には、たとえば哲学的な問いや、数式が在って欲しいと、ずっと願っている。

 

170308

勉強に身が入らないので書いてみる。

身が入らなくても、何時間か続けて勉強する技術を公務員試験勉強中に会得しているので、一応勉強してはいる。根性。一説には、この技術の所為でさゆ猫さんの頭髪は失われたという。

 

ずっと微妙なサイズの窓に掛けるカーテンのことを気にしている。角部屋なのだ。

カーテンや布をあのサイズにカット?ブラインドを探す?ダンボールで塞いじゃう?……1つ悩み事があると何かに集中することができなくなる。昔は集中を優先して、他のことを一切忘れるタイプの脳味噌だった(中学の頃、教師には病気とまで言われた。そこまで言う?拡散するぞ)けど、それではマズいと判断したらしく、気づいたら仕様が変わっていた。因みに2つあるとお腹が痛くなり、3つ以上あると留年する。

 

ところで、さゆ猫が住む1Fのベランダには猫が来るらしい。

元住民が物件を紹介するサイトで読んだ。邂逅を楽しみに待つ、なんて表現はアリだろうか。猫にあまり興味はないとTwitterに書いたけど、犬か猫かと訊かれたら猫と答える。動物に好かれる人間なので(善人なのだ)、犬が相手だと必要以上のスキンシップを求められて困る。舐めるのだけはやめてほしい。猫はあまり舐めない?

ヒトラーは犬好きで、あの人格者は猫好きだった」的な話が脳裏を掠める。忠誠心?年下にタメ口をキかれても何も感じないが年上に少しでも上から目線で話をされると激怒するという先輩Mさんは猫好きだろうか。

 

どうでもいい。

そもそも、犬と猫とを対立させて満足している連中の精神的貧しさを憐れまなくてはならない。すべての動物の完成地点で、我々を辛抱強く待ってくれているアザラシの存在に、一体どれだけの人が気づいているだろうか。

 

170304

英語とパンクだけの日。

朝から交互に繰り返し続けて今に至る。

 

e-ラーニングなどと言って、紙とペンで勉強させてくれない。どんな勉強でもやる気が半減する。でも課題の量が多すぎて「勉強」している暇がないので、実はいかに効率よく短期記憶をして問題を解けるかというゲームになっている。スムーズにいかないこともままあって、面白くはない。

 

あと9日間今日みたいな生活を続ければこの課題は終わる計算。

そうしたら次の課題をやって、それが終わったら次の課題。最後にそれが終わったら、研修が始まる。人生。